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【宮地弘太郎PROFILE】

1974年2月18日生まれ。広島県出身。
柳川高校から亜細亜大学へ進学。全日本選手権で2度の準優勝のほか、デビスカップ代表として活躍し、2000年には全豪オープンで予選決勝に進出した。また、95年の福岡ユニバーシアードでは、27年ぶりの男子銅メダルを獲得した。JOP最高3位。
日本体育大学大学院修士課程を修了し、現在はJOC強化スタッフとしてユニバーシアード男子コーチ、2007年4月から関西国際大学人間科学部ビジネス行動学科講師・硬式テニス部監督を務める。
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人間形成

テニスの日本一を決める全日本選手権も後半戦!伊達選手が決勝進出。男子も、ベテラン、若手とベスト4が出揃い誰が天皇杯を頂くのか見ものです。(選手はそれどころじゃないけど)
この全日本は、世界ランキングには反映されないが、このタイトルを取る取らないとでは大きな差がある。

この大会で、引退する選手もいてとても寂しい。もっとベテランに日本のテニス界をかき回して欲しいが、それは人それぞれの人生であり、完全燃焼、止む終えない怪我、燃え尽きと様々な背景がある。
人生これからです。とそんな偉そうなことを言えるほど
長く生きてはないのですが、、、、、

引退って何なんだろうって最近考えます。
私は、燃え尽きだった。正直引退するときは涙すらでなかった。
今思うと不思議である。あの時、現実から逃避していたのか?やりきったのか?でも不思議と涙は出なかった。

現役当時は、選手を引退することなんて考えたくもなかった。ましてや、指導者になるとは思っても見なかった。
大学の教育現場に立つ事なんても思ってもみなかった。
人生何が起きるか分からない。

一つ言える事は、テニスやってて良かったなと。
テニスを通じて様々なことを体験した。
海外遠征、寮生活を通じての人間形成、スポーツの世界で
生き抜くための我慢強さ、、、、、、
私は、テニスを通じて4人の指導者にめぐり合えた。
父、田島監督、坂本監督、堀内先生とそれぞれ、各世代の教えを叩き込まれた。
共通して言える事は、テニスを通じての人間形成である。
どの、世界で生き抜いていくためにも必要なことである。
勿論スポーツは、勝つ事に醍醐味がある。
勝つためには、何をすべきか?強くなるには何をすべきか?
それ以前に、スポーツをするということはどういうことか?

ルールに則って行わないことには、ただのケンカ?ただの遊び?遊びにも、ルールがあるから面白い。ルールがないことには、面白くない。何事も、ルール、規律を守らないことには、始まらないということである。


今日、私の受け持つ授業の学生から、テニス部って偉いですね!(街で会ったときに挨拶できるって凄いことです!先生に言おうと思って、、、)
先生といわれることに、かなり違和感がある上、いい指導してますねって言われたときは、、、、、正直????でしたが、まあ、今、1年生しか居ないけど、基本みんな挨拶はしっかりするんだよねとしか言えなかった、、、
当たり前のことをしっかりやってくれしか言ってないんだけど、、、、
でも、正直嬉しかった。伝えてたことが、何人かには伝わってたのかなと、

先日ある、先生から紹介された本を先日読破した。
人に教えるということは、奥が深い。

ありがとうと心から言えることは素晴らしいことだ。
ちょっとクドクナリマシタガ、
明日から、本学の庭球部員の奮闘期待します。
あと、サッカー部も、明後日大一番があります。
倒れるまで走り抜いてもらいたいです。



Hobby | Posted by 宮地弘太郎 21:43 | コメント(2) | トラックバック(0)